【劇団RIN】劇団をはじめたきっかけ、当時17歳でした

劇団RINとは?

昨日、劇団の話題から、「なぜ自分が芸大に行ったのか」

そんな私的な内容にスライドしてしまいました。

大量生産の限界を感じ取ったのでというのが答えでした。

結局、謎の集団で終わってしまったので劇団RINについて報告します!

 

23年前の春

初めてRINを知ったのは電話帳でした!

当時、タウンページは絶対無敵な情報を得るツール。

僕は絵を描く事も、音楽の教養も無かったので、体を使う事で芸大に行こうと思ったのです。

当時は空手で静岡代表になるなど、体力には自信があったのです。

 

目指すは舞台芸術学科。

しかし体力だけでは100%無理です。そこで電話帳で探したら、一軒だけありました。

電話したら女性が出ました。

 

「そのような実績が無いので力になれない」

そこで僕は答えました、

「劇がどんなものか知るだけでいいです」

 

正直申しまして、劇なるものはしっかり見た事ないのです。

ドラマもあまり好きじゃない。東京ラブストーリーが放映されていましたが

トレンディドラマが大嫌いでした

チャラくて、モジモジしていて、仕事は徹底して面白そうではない。

ターミネーター2などのハリウッド映画は好きですが、日本のドラマの良さは未だにわかりません。

やんわり拒絶されたので直接行ってみることにしました。

 

当時は静岡市の長沼というJR貨物基地の横に劇団のあるビルがあったのです。

 

げ。

 

夜、行ったら、入り口ゴミだらけ。電気付いていない。

しかも独特のニオイが、、

カツーン、カツーン、

階段を上ると、ぼんやり明かりが見えます。

おいー。大丈夫か?本気で思いました。この時。

劇団は隠れ蓑で実は怪しい集団ではないのか?

ビルの3回、それまで真っ暗。おかしい。

 

入り口に立つと、銀色のアルミドア、シールでレタリングされた

劇団RIN

赤い文字。あああ。ひょっとして、反社会的な活動をしている人達か!

そう、ロケット弾を飛ばしたり、火炎瓶を投げ、ヘルメットかぶっている人達。

これは本当に危険だ!

 

まずい事になった。劇を教えてもらえなければ芸大に潜り込めない。

かと言って危ない人達の手先となって逮捕されるのは困る。

 

あー。危機的状況。

 

中の音を聞いてみました、、。コソコソコソ

何でしょう、コソコソしか聞こえないのです。

いや、コレは、違う意味で危ない。

何せ夢がかかっているのです。うかつな事はできません。

 

コソコソが止まりました。

 

うめき声が今度聞こえます。

ちょっと、ちょっと、これはエロビデオみたいな情景が浮かんできます。

どうしよう。当時17歳の自分は追い込まれました。

 

せっかくココまで来たんだ、怪しい状況でもいいじゃないか。

もう腹を決めてドアを開けました!

 

そこには!

(1000文字超えたのでパート2に続きます!)

【劇団RIN】なんで劇団?いや、コレが大事なんです!ポストモダニズム、ポスト大量生産の鍵どこにある?

劇団ってどんなイメージがありますか。

はい、オタク?貧乏?汚い?

そうです!そのイメージを損なわないように頑張っている劇団が静岡にあります!

 

それが劇団RIN

 

なんと、6月の舞台に私が出る事になりました。

なんで? 実は大学進学の時にお世話になっていたのです。

大学は大阪芸大です。なんで芸大を選んだか?

 

その当時の自分は私立大学5大学コースというものにおりました。

東進ハイスクールという塾です。とうじ金ピカ先生の佐藤先生に習っていました。

僕は学ぶほど、疑問が湧いて来ました。

 

勉強して何するの?

 

こんな疑問もつの、バカでしょうか?

 

偏差値教育の勝者になって高い給与をもらって、その先どうするの?

だって偉くなって時代の波を読めなければ会社は潰れるし、役人になっても失敗すると思います。

 

その時の自分の考えは

「いずれ大量生産は行き詰まる」

当時、89年。バブルまっさかり。ジャパン アズ ナンバーワン!

ぶっちぎりで豊かで、平和で、給料は右肩上がり、企業は世界で連戦連勝。

ファミコンは最強。F1も最強。

 

僕はこの繁栄は本物では無いのでは?そう思っていたのです。

日本型のものづくりは本質的に欧米の技術を下敷きにしたもの。

 

だって当時、車の技術で日本独自の世界特許を取っているパーツ

ウィンカーと同一のヘッドライトのスイッチだけ。

日産の特許でした。あと、残りは全部欧米の特許でした。

ベストカーという雑誌に載っていて仰天したのを覚えています。

 

東西冷戦のおかげで為替に守られていた経済活動ですが、プラザ合意で円安に振れバブルになりました。ドルが流れ込み「金あまり」になっていたのです。正しくは意図的に証券市場に外資資金が流れ込み投資が投資を呼ぶ状況だったと思います。

 

しかし、それは両刃の剣。全てのコストが上昇すると日本で作る理由は無くなります。

だって特許、ウインカー以外はあっちの物ですよ。ナンバーワンじゃないでしょ。

 

ぶっちゃけ思いませんか、安く作る競争を世界中でしたらプロダクトを軸とした豊かさは潰えると。

この繁栄は各国でスクラップビルドを繰り返しながら戦争を引き起こし、いずれ全てを破滅させる。

 

経済学、経営学、マーケティング、いかに市場を奪い、ターゲットに訴求し、社会資本を手元に呼び込めるのか?

勉強して学んで、勉強して生み出すのは大量生産をいかに効率良く行うのか?ではないですか?

いずれダメになる、ダメになった時には対応不能。破滅です。

 

僕が芸大へ行ったのは、美しいって何?

ただそれだけの答えを得るためだったのです。

美しいに込められた宇宙をいかに投影するのか。

 

そのために芸大に潜り込もう、そう決めたのです。

 

おおお!

なんと、1000文字を超えてしまいました。

 

しかも劇団RIN全然出てないじゃん!

さて次回はしっかり劇団RINについて書きたいと思います!